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Showing posts from 2016

あなたのお屋敷の地下牢を今度案内してよ

 ねえねえ、聞いて、昨日やっと地下に行ったわ。お手伝いのバーバラが地下のお掃除を言いつけられて、鍵を持っていたから、こっそりついていったの。もちろん、おかあさまには絶対に言わないでって、バーバラには念を押したわ。だけどね、地下の降りたところから先はまた別の扉があって、それ以上は進めなかったのよ。バーバラが持っていた鍵で行けたのは、地下のエントランスのところだけだったの。わたしも行ったことがないものだから、知らなかったわ。地下牢はあの扉の奥に行かないと見られないのね。仕方ないからバーバラが掃除している間はそこをうろうろしていたのだけど、特におもしろいものはなかったわ。冷たい石の壁と、床があるだけなの。がっかりしたわ。あの扉を開ける鍵がどこにあるかは、バーバラも知らないのよ。わたくしはこちらの鍵を渡されただけですので、って。地下に行ったのがバレちゃうから、誰かに聞くこともできないし、困ったわ… だから、ねえ、あなたのお屋敷の地下牢を案内してよ…お願い…お邪魔するときは素敵なお菓子をたくさん持っていくから…ケーキもゼリーもババロアもマカロンも、何だって持っていくから…

ハンカチ

それ、きれいなハンカチでしょう。淡い紫がとってもお上品。セリーヌよ。 ずっと昔、コンクールに出るとき、本番前の最後のレッスンのときに、先生がくださったの。レッスンが終わってありがとうございました、ではがんばってきますと申し上げたら、渡すものがあるからちょっと待っていなさいとおっしゃって、隣の部屋からこれを持ってきてくださったわ。わたしがコンサートの本番前によく使っているものなのだけど、お守り代わりに持っていなさいって。光栄でしょう。わたし、小学生なのにコンサートマスターのハンカチを楽器ケースに忍ばせていたのよ。それだけで、なんだか周りの子よりもいい演奏ができる、って感じだったわ。控え室で何度もハンカチを取り出して、うっとりしてしまったわ。貴重な品だから、手汗を拭くのには自分のタオルハンカチを使ったけどね。それにシルクのハンカチは拭くために使うものじゃないし。ほら、本番前って緊張して手汗をかくじゃない? ほんとうにお守りになったのかって?もちろん素晴らしいお守りになったわ、だってわたし、そのコンクールで優勝したんですもの!高学年の部で1位を取ったの。世界規模のコンクールなんてものではない、地方のホールで開かれたものだったけどうれしかったし、誇らしかったわ。きっとそのハンカチのおかげね。いつもはとても緊張するのに、ソロコンサートマスターの気分で弾けたもの。 今はお守りにしないのかって?そうね、今はもう音楽の場で何かを目指すことはないし、そのハンカチに専門外のことをお願いするのもおかしな話じゃない?コンサートマスターの本番と、その弟子のコンクールを見守るのがお仕事だったのに、素敵なひとに出会えますようにとか、健康でいられますようにとか、そんなことをお願いするのは変だわ。ハンカチだって、そんなこと知らない、って困ってしまうでしょう?だから今は、楽器ケースの中でゆっくり休んでもらっているのよ。こうして時々お洗濯して、いい香りの香水をひと吹きしてね。

水枕

氷を買ってきてください。どうしてって、冷凍庫の氷がもうなくなってしまったからよ。あの子の水枕を替えてあげなくちゃならないのよ。かわいそうに、あんなに高い熱を出して、すぐ溶けてしまうんだから。氷なんて作ればいいだろうって、もちろん作ってるわよ!氷ができるまで何時間かかるかわかるでしょう?作る分だけじゃ到底間に合わないのよ、だから買ってきてって言っているんじゃない。どうしてすぐに行ってきてくれないんですか!お店までほんのひとっ走りじゃないの。わたしが行けばいいじゃないかって、あの子につきっきりで看ているのは誰ですか!ほんの少しの間でもあの子をひとりにしておくなんてできないわ!だからお願い、あなたが氷を買ってきてちょうだい。どうしてなの…どうしてあの子のために氷のひとつも買ってきてやれないの?あんなにうなされている、かわいそうなあの子のために?人でなしだわ、あなたは人でなしよ… ぬるくなった水枕はいつだって騒がしい。タプンタプンという水の音が、お前だけは眠らせまいとばかりにどこまでも追いかけてくる。こんなに頭が痛いのに、眠りたいのに、水枕は決して許してくれない…

ロッカー

   現在の自分がこの世でもっとも醜く、有害な生物-すなわち春休み中の大学生-に身を落としているという事実に耐えきれなくなり(というわけではなくただ単に大学に用事があっただけだがこういうインチキトンチキな理由付けをした方が書き出しがかっこよくなるかなと思ったので)、数日ぶりに大学に行ってきた。  数日ぶりの大学。毎日行かなければならないときには愉快な場所には感じにくいが、数日ぶりとなると妙な新鮮さがあってなかなかいいものだな、と思う。まるで倦怠期の恋人のようである。恋人がいたことがないので倦怠期の恋人がどんなものなのかさっぱりわからないが、倦怠期の恋人という文字列から漂うほのセクシーさが気に入っているのでわざわざ書いた。この文章を目にした倦怠期の恋人経験のある方で、倦怠期の恋人ってそういうものじゃないよ等の文句がある方はわたしのask.fmに匿名で文句をお寄せになるかお住まいの自治体の広報課にクレーム電話をかけてくださればそれで結構だ。よく知らないが公務員なんてどうせ暇なのだ。公務員をやっていた人間が「公務員は3日やったらやめられないよ」と言っていたので間違いない(毎日忙しく業務をこなしていらっしゃる公務員のみなさん、本当に申し訳ございません。大体ジョークだから怒らないでください。でも知り合いの公務員の件はマジです)。  帰る前に自分のロッカーのようすを見に行った。台風のときに川のようすを見に行くと高確率で死ぬので見に行ってはいけないとNHKの高瀬アナも言っていたが、春休みに自分のロッカーのようすを見に行ってはいけないとは誰も言っていなかったからである。ひとがやってはいけないということはやっていけないのだが、やれともやるなとも言われていないことに関しては、自分の裁量でやってもいいのである。日本というのはそういう国なのである。日本っていいね、豆助や。  くたびれたリサとガスパールのキーケース(くたびれているのはリサでもガスパールでもなくキーケースである)から鍵を出し、ロッカーを開けると、そこはワルシャワ蜂起後のワルシャワ市内の一歩手前くらいに荒れていた。白衣は片側の肩(かたがわのかた、おもしろい響きである)がハンガーからずり落ち、運動靴を入れていたビニール袋の端は扉に挟まりヨレヨレになり、ラインマーカーだらけのプリントが散乱し、クリーニング店の袋に入ったままの解剖衣が

カレンダー

  カレンダーを買っていない。  わたしがアホ面をしている間に2016年は早くもその4分の1を終えようとしており、キラキラの新年度も目前に迫っている。もちろんわたしとてこの3ヶ月近くをずっとアホ面をして過ごしていたわけではなく、女子大生らしく夕ご飯をスターバックスで済ませてみたり、大学の同期カップルの破局話を耳にしたり、大学でカップルが熱い抱擁を交わしているのを横目で見てみたり、スターバックスに疲れて学食でラーメンを啜ったり、朝から晩まで図書館で勉強をして過ごしたり、謎の哲学のおじさんに話しかけられたり、教授からのメールに怯えまくったり絶望しまくったり、70年前に死んだ海外の詩人に恋をしてみたりといろいろしながら過ごしていたわけである。しかしその間じゅう本当にアホ面をしていなかったかと聞かれるとこれも自信がなく、元来賢そうな顔ではないのでひょっとしたらアホ面だったのかもしれないという懸念も拭いきれない。こんな懸念に悩まされるくらいなら始終エマワトソンのお面でもつけていればよかった。まともにブログも書けやしない。人生とは大方こんなものである。  話は戻るが(別に戻らなくてもいいのだがなんとなく書き出しの文章を放って去るというのも気持ちが悪いしそういう中途半端なことは性に合わないし、何より中途半端な行いは非モテの素である。味の素は豚の成分が入っていたためムスリムに焼かれたが、非モテの素は自ら焼き切っていくくらいの気持ちでないといけないのである。)、今年のカレンダーをまだ買っていない。手帳はつい数日前に3月始まりのものを買った。しかし壁に掛けるカレンダーがまだなのだ。ミュシャのものか何か、おしゃれなカレンダーを壁につければ部屋も華やぎ予定も書き込め人生はバラ色になり、これまででは考えられなかったデートの予定なども続々と入ってくるに違いないのだが、新居の管理会社からなるべく壁に穴を開けたりしないようにと言われているのである。壁に穴を開けるなというのは実はなかなか厳しい注文で、時計を掛けることもできない。恋人の写真を画鋲で留めることもできないし、恋敵のための藁人形を壁に打ち付けることもできない。  仮に壁に穴を開けたらどうなるのか。目には目をの精神で足の甲に穴でも開けられるのか、はたまた味の素のように焼かれるのか、次の物件の人柱にでもされるのか。確か管理会社のひとは「お客様の