カレンダーを買っていない。
わたしがアホ面をしている間に2016年は早くもその4分の1を終えようとしており、キラキラの新年度も目前に迫っている。もちろんわたしとてこの3ヶ月近くをずっとアホ面をして過ごしていたわけではなく、女子大生らしく夕ご飯をスターバックスで済ませてみたり、大学の同期カップルの破局話を耳にしたり、大学でカップルが熱い抱擁を交わしているのを横目で見てみたり、スターバックスに疲れて学食でラーメンを啜ったり、朝から晩まで図書館で勉強をして過ごしたり、謎の哲学のおじさんに話しかけられたり、教授からのメールに怯えまくったり絶望しまくったり、70年前に死んだ海外の詩人に恋をしてみたりといろいろしながら過ごしていたわけである。しかしその間じゅう本当にアホ面をしていなかったかと聞かれるとこれも自信がなく、元来賢そうな顔ではないのでひょっとしたらアホ面だったのかもしれないという懸念も拭いきれない。こんな懸念に悩まされるくらいなら始終エマワトソンのお面でもつけていればよかった。まともにブログも書けやしない。人生とは大方こんなものである。
話は戻るが(別に戻らなくてもいいのだがなんとなく書き出しの文章を放って去るというのも気持ちが悪いしそういう中途半端なことは性に合わないし、何より中途半端な行いは非モテの素である。味の素は豚の成分が入っていたためムスリムに焼かれたが、非モテの素は自ら焼き切っていくくらいの気持ちでないといけないのである。)、今年のカレンダーをまだ買っていない。手帳はつい数日前に3月始まりのものを買った。しかし壁に掛けるカレンダーがまだなのだ。ミュシャのものか何か、おしゃれなカレンダーを壁につければ部屋も華やぎ予定も書き込め人生はバラ色になり、これまででは考えられなかったデートの予定なども続々と入ってくるに違いないのだが、新居の管理会社からなるべく壁に穴を開けたりしないようにと言われているのである。壁に穴を開けるなというのは実はなかなか厳しい注文で、時計を掛けることもできない。恋人の写真を画鋲で留めることもできないし、恋敵のための藁人形を壁に打ち付けることもできない。
仮に壁に穴を開けたらどうなるのか。目には目をの精神で足の甲に穴でも開けられるのか、はたまた味の素のように焼かれるのか、次の物件の人柱にでもされるのか。確か管理会社のひとは「お客様の転居時に壁に傷などが見られる場合は貼り替え費用をいただきます」というようなことを言っていた。ところでわたしが現在の物件に住むのは最低でもあと4年である。4年も住んでいたら、意図的に穴を開けずとも傷などがついてどのみち貼り替えることになるのではなかろうか…?
壁に穴を開けよう。
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