目にまつげが入っているんじゃないか。
そう感じ出したのは、実習が始まって1時間くらい経った頃だった。短く見積もってもあと4時間半はかかる実習、しかもほとんど休憩時間はとれない。手には実験用の手袋をつけ薬品まみれ、到底自分の目をいじったり鏡を見られる状況ではない。
疑惑が確信に変わったのはそれからさらに30分ほど経った頃である。ヤバイ。目がゴロゴロする。すごい違和感、でもなんか親しみがある。そう、わたしはよくまつげを眼球にダイブさせるタイプの人間なのだ。ダイブとタイプで韻を踏んでいることにお気づきだろうか。
そこから人知れずわたしとまつげ in the eye の闘いの火蓋が切って落とされた。泳ぐまつげ、痛む眼球、そんな眼球のことなどお構いなしに自分勝手に痛む腰と背中、どんな状況でも無慈悲に鼻をつく薬品臭……周囲には、目にまつげなんて入っているのはダサイじゃないですか、わたしの目にはまつげなど1本も入っていませんよという顔をしてむやみにヤクルトを絶賛する話をしながら、 南北戦争さながらの過酷な闘いに耐えていた。乳酸菌はわたしを助けてはくれなかったが、班員の男の子に乳酸菌マスターの称号をいただいた。
あと30分で帰れる。実習室は18:30には閉めなければならない。あと30分、30分だけ我慢すればよいのだ。ようやく戦争終結の希望が見え始めた18:00、わたしは喜びに震えていた。
18:20。あと10分だ。もうじき実習終了の号令がかかるだろう。
そんなわたしの希望は、班員の「先生、せめて19:00まで延長してください」という懇願の声、それに続く教員の「いいっすよ」の言葉であっけなく打ち砕かれた。あのとき「いいっすよ」といった教員の声、その冷酷な響きは生涯忘れることができない。なんでそんなに口調が軽いんだ。わたしは考えることをやめた。
そのあとの数十分、わたしの目がどうなっていたのかは覚えていない。絶望のあまり、かわいそうな目は感覚を失ってしまっていた。
終業後、完全に身も心もクタクタになって家に帰ってから、すぐに鏡で確認した。
まつげは入っていなかった。
なんだか目がゴロゴロする。
Comments
Post a Comment