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虐待

浴室の細かいところ ( 排水溝とか ) を歯ブラシで掃除していると、子どもの歯磨きをしているような気持ちになってくる。 最初はやさしく磨いてあげるが、すき間にこびりついた汚れは簡単には落ちず、次第に歯ブラシを握る手に力がこもってくる。痛がって子どもは泣くが、その泣き声と落ちない汚れがよりいっそうわたしを苛立たせ、最初にはあったはずのやさしさや愛情が薄れていき、憎しみさえ込めてガシガシ磨く。 しまいには排水溝を磨いているのか口のまるい奇形の児の歯磨きをしているのかもわからなくなり、ただキンキンと耳障りな泣き声だけが浴室に響く。  

お人形あそび

バービー人形?別に大して好きじゃないわ。それにわたしたち、もうバービー人形で遊ぶような歳じゃないでしょう。急にどうしたの?なあに、この間わたしの部屋にバービー人形があったから?ああ、あれはお人形遊びのためにあるんじゃないのよ。コレクションしているわけでもないわ。でもね、今あるのでもう60体目なのよ。この話、詳しく聞きたい? 実はね、わたしはバービー人形を炙るのがとっても好きなの。何でって、ライターでよ。ちょっと、そんなに気味悪がらないでよ!バービーちゃんがかわいそうって?あのね、わたしの人形はバービーちゃんではないの。父親の愛人と同じ名前をつけているのよ。今までの60体全部がそう。ちゃんと名前をつけてから、ちょっとずつ炙るのよ。ほんのちょっとした楽しみなのだけど、他のひとから見たら変わっていると思われてしまうじゃない?だから誰にも言っていないの。人形も、新しいのが欲しくなったらお手伝いのバーバラにこっそり買ってきてもらうのよ。ライターと一緒にね。

16世紀の英国を生き抜くためにあなたがしなければならないこと

・常ににこやかで、穏やかに振る舞うこと。気性の激しい女性は男にとって最初は魅力的に見えるが、なぜかそれがいつしか憎しみの対象になるようである。 ・必要以上の高い身分を求めないこと。野心や向上心は素敵なものだけど、ここではそれがあなたの命を奪う。 ・頭の良さをひけらかさないこと。とくに身分とプライドの高い男の前では。 ・男の子を産むこと。それが確実にできる自信がないなら、その必要のない身分にとどまること。 ・理不尽なできごとを静かに受けいれること。抗議したり、嫉妬したりしないこと。とてもばかばかしく、不愉快なことだが、ここでは信じられないようなことがあなたの命を奪う。 ・恋や愛に生きないこと。愛に身を捧げようとすると、ここではほんとうに命を失うことになる。 ・かといって、運命に身を任せすぎないこと。おとなしく成り行きに 任せていたら気づいたらなぜか死ぬことになっていた、ということがここでは珍しくない。 ・空気を読むこと。あなたは思わぬところで反感を買っているかもしれない。 ・目立とうとしないこと。 ・ライバルを極力作らないこと。相手との力関係をよく見極めること。大抵の場合、あなたの方が劣っていると思って身を引いていれば危険は回避できる。 ・間違っても自分でなにかことを起こすようなマネはしないこと。 気をつけなさい。これをひとつでも守らなかった女の子たちはみんな、首を失くしているわ。

あなたのお屋敷の地下牢を今度案内してよ

 ねえねえ、聞いて、昨日やっと地下に行ったわ。お手伝いのバーバラが地下のお掃除を言いつけられて、鍵を持っていたから、こっそりついていったの。もちろん、おかあさまには絶対に言わないでって、バーバラには念を押したわ。だけどね、地下の降りたところから先はまた別の扉があって、それ以上は進めなかったのよ。バーバラが持っていた鍵で行けたのは、地下のエントランスのところだけだったの。わたしも行ったことがないものだから、知らなかったわ。地下牢はあの扉の奥に行かないと見られないのね。仕方ないからバーバラが掃除している間はそこをうろうろしていたのだけど、特におもしろいものはなかったわ。冷たい石の壁と、床があるだけなの。がっかりしたわ。あの扉を開ける鍵がどこにあるかは、バーバラも知らないのよ。わたくしはこちらの鍵を渡されただけですので、って。地下に行ったのがバレちゃうから、誰かに聞くこともできないし、困ったわ… だから、ねえ、あなたのお屋敷の地下牢を案内してよ…お願い…お邪魔するときは素敵なお菓子をたくさん持っていくから…ケーキもゼリーもババロアもマカロンも、何だって持っていくから…

ハンカチ

それ、きれいなハンカチでしょう。淡い紫がとってもお上品。セリーヌよ。 ずっと昔、コンクールに出るとき、本番前の最後のレッスンのときに、先生がくださったの。レッスンが終わってありがとうございました、ではがんばってきますと申し上げたら、渡すものがあるからちょっと待っていなさいとおっしゃって、隣の部屋からこれを持ってきてくださったわ。わたしがコンサートの本番前によく使っているものなのだけど、お守り代わりに持っていなさいって。光栄でしょう。わたし、小学生なのにコンサートマスターのハンカチを楽器ケースに忍ばせていたのよ。それだけで、なんだか周りの子よりもいい演奏ができる、って感じだったわ。控え室で何度もハンカチを取り出して、うっとりしてしまったわ。貴重な品だから、手汗を拭くのには自分のタオルハンカチを使ったけどね。それにシルクのハンカチは拭くために使うものじゃないし。ほら、本番前って緊張して手汗をかくじゃない? ほんとうにお守りになったのかって?もちろん素晴らしいお守りになったわ、だってわたし、そのコンクールで優勝したんですもの!高学年の部で1位を取ったの。世界規模のコンクールなんてものではない、地方のホールで開かれたものだったけどうれしかったし、誇らしかったわ。きっとそのハンカチのおかげね。いつもはとても緊張するのに、ソロコンサートマスターの気分で弾けたもの。 今はお守りにしないのかって?そうね、今はもう音楽の場で何かを目指すことはないし、そのハンカチに専門外のことをお願いするのもおかしな話じゃない?コンサートマスターの本番と、その弟子のコンクールを見守るのがお仕事だったのに、素敵なひとに出会えますようにとか、健康でいられますようにとか、そんなことをお願いするのは変だわ。ハンカチだって、そんなこと知らない、って困ってしまうでしょう?だから今は、楽器ケースの中でゆっくり休んでもらっているのよ。こうして時々お洗濯して、いい香りの香水をひと吹きしてね。

水枕

氷を買ってきてください。どうしてって、冷凍庫の氷がもうなくなってしまったからよ。あの子の水枕を替えてあげなくちゃならないのよ。かわいそうに、あんなに高い熱を出して、すぐ溶けてしまうんだから。氷なんて作ればいいだろうって、もちろん作ってるわよ!氷ができるまで何時間かかるかわかるでしょう?作る分だけじゃ到底間に合わないのよ、だから買ってきてって言っているんじゃない。どうしてすぐに行ってきてくれないんですか!お店までほんのひとっ走りじゃないの。わたしが行けばいいじゃないかって、あの子につきっきりで看ているのは誰ですか!ほんの少しの間でもあの子をひとりにしておくなんてできないわ!だからお願い、あなたが氷を買ってきてちょうだい。どうしてなの…どうしてあの子のために氷のひとつも買ってきてやれないの?あんなにうなされている、かわいそうなあの子のために?人でなしだわ、あなたは人でなしよ… ぬるくなった水枕はいつだって騒がしい。タプンタプンという水の音が、お前だけは眠らせまいとばかりにどこまでも追いかけてくる。こんなに頭が痛いのに、眠りたいのに、水枕は決して許してくれない…