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誰かの息子と自然発生した娘

  「誰かの息子なの?」 「みんな,”誰かの息子”だよ」  正体を隠しパリで映画館を営むユダヤ人女性であるメラニー・ロランのいくぶん軽蔑を含んだ問いに対し,プロパガンダ映画の主人公となったドイツ国防軍一等兵のダニエル・ブリュールはその微量の軽蔑の念には気づかずこう応える. 映画『イングロリアス・バスターズ』の1シーンである.大好きな映画だが,しばらく観ていないのでセリフの細かい部分はうろ覚えかもしれない. ——— 「みんな,”誰かの息子”だよ」   わたしはそうは思わない. いまローテート中の診療科にはその性質上,「誰かの(どこそこの)息子」が比較的多い.実家がその診療科のクリニックだから,自分もその道に進んだというパターン.つまり,憎むべき”開業医の息子”である.憎むべき,と書いたが,ここにいる彼らは憎まれるような人たちではない.性格がよく,仕事に対し誠実な姿勢で,なによりわたしに親切だ.同じような生まれでも,事あるごとに,まったく無関係の状況であっても親の話を持ち出し,これ以上かけられませんよというくらい鼻にかける連中とはまったく違う.なんかいろいろかけすぎて,お前のなっがい鼻,もう折れてるみたいだけど.耐荷重を考えた方がよろしいんじゃないかしら? 学生時代から絶対に〇〇科医になると言っていた 1 つ上の N 先生が, 4 月からまったく別の診療科( ×× 科)に入局するという話をきいた.〇〇科医になるために医学部に入った,という勢いだった彼が.お付き合いしている女性の実家が ×× 科らしいということだった.年齢と家柄から心当たりがあった.案の定,地元でいちばん大きいクリニックだった.そこの娘(つまり前述の女性)の口癖は「パパのクリニックはいつも 2 , 3 時間待ちなの」だった. そこの家にはこどもが何人かいたが跡を継ぐ職に就いた者いない.近い将来,娘の夫になるであろう N 先生が後継に決まりである.地元でいちばん大きいクリニック. 2 , 3 時間待ちはザラの.彼は”誰かの息子”の仲間入りを果たしたのだ. 「職業の貴賎はないと思う(地主の息子除く)」というようなツイートが以前少しバズっていた.”誰かの息子”を憎む人間の多さが見て取れる.かくいうわたしも、前述のような一部の善良な方々を除いて、”誰かの息子”のことは好きではない.わた...

あなたを選ばないだけ賢い

不動産とか投資とか、そういう関係の不審電話がお医者さんのみんなたちにかかってきてるから気をつけてね~っていうのが院内で話題になっていて、ちょうどそれに引っかかっちゃった若い女性の先生 ( 〇〇先生 ) がいたから他の先生たちから今度は得体の知れない業者にお金払っちゃダメだよって言われていたの。そこまではよかったのだけど、その場にいた中年医師が急に「〇〇先生はさ、悪い男にも引っかかりそうだよね」って言い出したのよ。ああん?てめえ自分がどれだけ失礼なこと言ってるかわかってんのか?大体それいまの話題と関係ねえだろうが。何勝手に話題をすげ替えてやがんだって胸ぐら掴んで伝説になっちゃってもよかったのだけど、まだ 6 月だし、今年度始まったばっかりだし伝説になるには時期尚早かなあって黙っていたら、「相手が浮気しても、急な当直で遅くなっているのかなあとか、都合よく解釈してくれそう」「相手が違う医局なら何やってもバレなさそう」「なんなら同じ医局でも気づかなさそう」って最低な発言を繰り返していて目の前の〇〇先生のことを傷つけ続け、挙げ句の果てには浮気の話で盛り上がりだして「男ってのは誰でも浮気するよ。そういうものだから」「ぼくの奥さん、結婚前にはぼくは浮気すると思うよって言ったらちょっとの浮気は許すって言ってたのに今は浮気許さないと言っててこれこそちょっとした詐欺だと思う」ですって。このあいだも言ったけど脱穀機にでも突っ込んでいなさいって話よね。〇〇先生にかわって、お前みたいのを選んでないだけ〇〇先生は賢いんだよ。てめえに侮辱される筋合いはねえんだよ。そんなこともわからねえのか。なんならナニだけじゃなくて全身脱穀機に突っ込んでやろうか?浮気よりもよっぽど刺激的だろうがよって脱穀機持ち出して伝説になっちゃってもよかったのだけど、先月の誕生日に恩師に「よい研修生活ができるといいね」って言ってもらったばっかりだったから、恩師が悲しむかなあと思って、もともと同じカンファ室でカルテ書いていただけでわたしはこの会話に参加してなかったわけだ し、 Enter キー強めに叩くだけで黙っていたの。 次やったらわたし、伝説になるわ。

自殺

  安定した技巧にはっとするほど叙情的な音色、ときに繊細、ときに大胆な表現力で聴衆を魅了する彼女はヴァイオリニストだった。美人音楽家などと持て囃されることはない丸顔の平凡な顔立ちは、しかし彼女が技量だけでその地位を確かなものとしていることを示していた。17歳で世界最高峰と呼ばれるコンクールでの優勝を果たしてから20年近くの歳月が経ち、その音色はさらに円熟した響きを帯びて聴く者を至福の世界へといざない続けていた。 そこはコンサートホールで、わたしは客席で彼女のリハーサルを聴いていた。本番前の静かでぴんと張り詰めた空気の中になぜわたしがいることが許されていたのかはわからない。わたしは彼女の伴奏者であるどころか譜めくりでも、彼女に当たるスポットライトを調節する裏方ですらなかった。しかしそのようなことはどうだっていい。これは、夢なのだから。 彼女とわたしの他に誰もいないホールに響いていた音色が、ふいに途絶えた。彼女は楽器を肩から下ろし、はあ、とため息をつき、そのまま無言で舞台の袖に姿を消した。そのため息はこれまで彼女が奏でていたどの音よりも深く響いた。 ひとりホールに残されたわたしは、彼女の音色とため息の中に閉じ込められたようにしばらくじっと座っていた。どのくらいそうしていただろう。ようやくロビーに出ると、スーツを着た男たちが慌しく動き回っていた。青ざめている者、焦って何度も吃りながら電話をしている者、警備員に何か指示している者、ただただうろたえる者、それを怒鳴る者。 わたしはその中のひとりを捕まえて、何かあったのですかと尋ねた。 「ほんの少し前に、彼女が飛び降りたんです」 それってどういうことかしら、思ったままにわたしは口に出していた。それは彼に対する質問ではなかったが、彼はゆっくりと、嚙み砕くように言った。 「彼女は、自殺したんです。ここの屋上から身を投げて。リサイタルを数時間後に控えたいまこのときに」 「楽器は、彼女の楽器はどうなったのですか」 「楽器は、楽屋に置いたままでした。ケースにきっちりとしまわれて、鍵がかけられていました。鍵は、まだ見つかっていません」 なぜか楽器のことなど聞いたのか、自分でもわからない。しかし彼女が死んだと聞かされて、その意味もよくわからないままに、いちばん最初に思い浮かんだのは楽器のことだった。奏でる者を失くしたそれがどうなってし...

サービスエリアで笹かまを売る

  その日は面談があった。大学にはナントカアドバイザーという制度があって、ひとりの先生が 2 人くらいの学生を担当し、面談をしてくださる。面談場所が急遽診察室に変更されて、患者でも実習生でも医療従事者でもない立場で診察室に入り、お医者さんと向かい合うということはあまりないことなのかもしれないなどとぼんやり考えていた。   いろいろなお話をしているうちに先生の学生時代の話題になった。運動部の活動に打ち込んでいたほかにバイトをなさっていたという。「家庭教師とね、あとサービスエリアで笹かまを売っていたんだ」   サービスエリアで笹かまを売っていた。デパ地下でも、駅の中の名産品コーナーの笹かま屋さんでもなく、サービスエリアで。パンでも、ケーキでも、コロッケでもなく笹かまを。なんてすてきなおはなしなんだろう。お客さんはみんな笹かまを買いにくるひとたちなのだ。しかも高速道路でどこかに行ったり、どこかに帰ったりするひとたちだ。サービスエリアで笹かまを売るのは、考えうる限り最高のバイトといってよい ( しかも先生は「笹かまを売るのは楽しかったよ」とおっしゃっていたのだから完璧だ ) 。   その夜は、サービスエリアで売られている笹かまとそれを買いにくるひとたちのこと、かつて笹かまを売っていた青年がいまは痛みに苦しむひとたちの肩や肘や足腰やらを治していることを考えながら眠りについた。

虐待

浴室の細かいところ ( 排水溝とか ) を歯ブラシで掃除していると、子どもの歯磨きをしているような気持ちになってくる。 最初はやさしく磨いてあげるが、すき間にこびりついた汚れは簡単には落ちず、次第に歯ブラシを握る手に力がこもってくる。痛がって子どもは泣くが、その泣き声と落ちない汚れがよりいっそうわたしを苛立たせ、最初にはあったはずのやさしさや愛情が薄れていき、憎しみさえ込めてガシガシ磨く。 しまいには排水溝を磨いているのか口のまるい奇形の児の歯磨きをしているのかもわからなくなり、ただキンキンと耳障りな泣き声だけが浴室に響く。  

お人形あそび

バービー人形?別に大して好きじゃないわ。それにわたしたち、もうバービー人形で遊ぶような歳じゃないでしょう。急にどうしたの?なあに、この間わたしの部屋にバービー人形があったから?ああ、あれはお人形遊びのためにあるんじゃないのよ。コレクションしているわけでもないわ。でもね、今あるのでもう60体目なのよ。この話、詳しく聞きたい? 実はね、わたしはバービー人形を炙るのがとっても好きなの。何でって、ライターでよ。ちょっと、そんなに気味悪がらないでよ!バービーちゃんがかわいそうって?あのね、わたしの人形はバービーちゃんではないの。父親の愛人と同じ名前をつけているのよ。今までの60体全部がそう。ちゃんと名前をつけてから、ちょっとずつ炙るのよ。ほんのちょっとした楽しみなのだけど、他のひとから見たら変わっていると思われてしまうじゃない?だから誰にも言っていないの。人形も、新しいのが欲しくなったらお手伝いのバーバラにこっそり買ってきてもらうのよ。ライターと一緒にね。

16世紀の英国を生き抜くためにあなたがしなければならないこと

・常ににこやかで、穏やかに振る舞うこと。気性の激しい女性は男にとって最初は魅力的に見えるが、なぜかそれがいつしか憎しみの対象になるようである。 ・必要以上の高い身分を求めないこと。野心や向上心は素敵なものだけど、ここではそれがあなたの命を奪う。 ・頭の良さをひけらかさないこと。とくに身分とプライドの高い男の前では。 ・男の子を産むこと。それが確実にできる自信がないなら、その必要のない身分にとどまること。 ・理不尽なできごとを静かに受けいれること。抗議したり、嫉妬したりしないこと。とてもばかばかしく、不愉快なことだが、ここでは信じられないようなことがあなたの命を奪う。 ・恋や愛に生きないこと。愛に身を捧げようとすると、ここではほんとうに命を失うことになる。 ・かといって、運命に身を任せすぎないこと。おとなしく成り行きに 任せていたら気づいたらなぜか死ぬことになっていた、ということがここでは珍しくない。 ・空気を読むこと。あなたは思わぬところで反感を買っているかもしれない。 ・目立とうとしないこと。 ・ライバルを極力作らないこと。相手との力関係をよく見極めること。大抵の場合、あなたの方が劣っていると思って身を引いていれば危険は回避できる。 ・間違っても自分でなにかことを起こすようなマネはしないこと。 気をつけなさい。これをひとつでも守らなかった女の子たちはみんな、首を失くしているわ。

あなたのお屋敷の地下牢を今度案内してよ

 ねえねえ、聞いて、昨日やっと地下に行ったわ。お手伝いのバーバラが地下のお掃除を言いつけられて、鍵を持っていたから、こっそりついていったの。もちろん、おかあさまには絶対に言わないでって、バーバラには念を押したわ。だけどね、地下の降りたところから先はまた別の扉があって、それ以上は進めなかったのよ。バーバラが持っていた鍵で行けたのは、地下のエントランスのところだけだったの。わたしも行ったことがないものだから、知らなかったわ。地下牢はあの扉の奥に行かないと見られないのね。仕方ないからバーバラが掃除している間はそこをうろうろしていたのだけど、特におもしろいものはなかったわ。冷たい石の壁と、床があるだけなの。がっかりしたわ。あの扉を開ける鍵がどこにあるかは、バーバラも知らないのよ。わたくしはこちらの鍵を渡されただけですので、って。地下に行ったのがバレちゃうから、誰かに聞くこともできないし、困ったわ… だから、ねえ、あなたのお屋敷の地下牢を案内してよ…お願い…お邪魔するときは素敵なお菓子をたくさん持っていくから…ケーキもゼリーもババロアもマカロンも、何だって持っていくから…

ハンカチ

それ、きれいなハンカチでしょう。淡い紫がとってもお上品。セリーヌよ。 ずっと昔、コンクールに出るとき、本番前の最後のレッスンのときに、先生がくださったの。レッスンが終わってありがとうございました、ではがんばってきますと申し上げたら、渡すものがあるからちょっと待っていなさいとおっしゃって、隣の部屋からこれを持ってきてくださったわ。わたしがコンサートの本番前によく使っているものなのだけど、お守り代わりに持っていなさいって。光栄でしょう。わたし、小学生なのにコンサートマスターのハンカチを楽器ケースに忍ばせていたのよ。それだけで、なんだか周りの子よりもいい演奏ができる、って感じだったわ。控え室で何度もハンカチを取り出して、うっとりしてしまったわ。貴重な品だから、手汗を拭くのには自分のタオルハンカチを使ったけどね。それにシルクのハンカチは拭くために使うものじゃないし。ほら、本番前って緊張して手汗をかくじゃない? ほんとうにお守りになったのかって?もちろん素晴らしいお守りになったわ、だってわたし、そのコンクールで優勝したんですもの!高学年の部で1位を取ったの。世界規模のコンクールなんてものではない、地方のホールで開かれたものだったけどうれしかったし、誇らしかったわ。きっとそのハンカチのおかげね。いつもはとても緊張するのに、ソロコンサートマスターの気分で弾けたもの。 今はお守りにしないのかって?そうね、今はもう音楽の場で何かを目指すことはないし、そのハンカチに専門外のことをお願いするのもおかしな話じゃない?コンサートマスターの本番と、その弟子のコンクールを見守るのがお仕事だったのに、素敵なひとに出会えますようにとか、健康でいられますようにとか、そんなことをお願いするのは変だわ。ハンカチだって、そんなこと知らない、って困ってしまうでしょう?だから今は、楽器ケースの中でゆっくり休んでもらっているのよ。こうして時々お洗濯して、いい香りの香水をひと吹きしてね。

水枕

氷を買ってきてください。どうしてって、冷凍庫の氷がもうなくなってしまったからよ。あの子の水枕を替えてあげなくちゃならないのよ。かわいそうに、あんなに高い熱を出して、すぐ溶けてしまうんだから。氷なんて作ればいいだろうって、もちろん作ってるわよ!氷ができるまで何時間かかるかわかるでしょう?作る分だけじゃ到底間に合わないのよ、だから買ってきてって言っているんじゃない。どうしてすぐに行ってきてくれないんですか!お店までほんのひとっ走りじゃないの。わたしが行けばいいじゃないかって、あの子につきっきりで看ているのは誰ですか!ほんの少しの間でもあの子をひとりにしておくなんてできないわ!だからお願い、あなたが氷を買ってきてちょうだい。どうしてなの…どうしてあの子のために氷のひとつも買ってきてやれないの?あんなにうなされている、かわいそうなあの子のために?人でなしだわ、あなたは人でなしよ… ぬるくなった水枕はいつだって騒がしい。タプンタプンという水の音が、お前だけは眠らせまいとばかりにどこまでも追いかけてくる。こんなに頭が痛いのに、眠りたいのに、水枕は決して許してくれない…

ロッカー

   現在の自分がこの世でもっとも醜く、有害な生物-すなわち春休み中の大学生-に身を落としているという事実に耐えきれなくなり(というわけではなくただ単に大学に用事があっただけだがこういうインチキトンチキな理由付けをした方が書き出しがかっこよくなるかなと思ったので)、数日ぶりに大学に行ってきた。  数日ぶりの大学。毎日行かなければならないときには愉快な場所には感じにくいが、数日ぶりとなると妙な新鮮さがあってなかなかいいものだな、と思う。まるで倦怠期の恋人のようである。恋人がいたことがないので倦怠期の恋人がどんなものなのかさっぱりわからないが、倦怠期の恋人という文字列から漂うほのセクシーさが気に入っているのでわざわざ書いた。この文章を目にした倦怠期の恋人経験のある方で、倦怠期の恋人ってそういうものじゃないよ等の文句がある方はわたしのask.fmに匿名で文句をお寄せになるかお住まいの自治体の広報課にクレーム電話をかけてくださればそれで結構だ。よく知らないが公務員なんてどうせ暇なのだ。公務員をやっていた人間が「公務員は3日やったらやめられないよ」と言っていたので間違いない(毎日忙しく業務をこなしていらっしゃる公務員のみなさん、本当に申し訳ございません。大体ジョークだから怒らないでください。でも知り合いの公務員の件はマジです)。  帰る前に自分のロッカーのようすを見に行った。台風のときに川のようすを見に行くと高確率で死ぬので見に行ってはいけないとNHKの高瀬アナも言っていたが、春休みに自分のロッカーのようすを見に行ってはいけないとは誰も言っていなかったからである。ひとがやってはいけないということはやっていけないのだが、やれともやるなとも言われていないことに関しては、自分の裁量でやってもいいのである。日本というのはそういう国なのである。日本っていいね、豆助や。  くたびれたリサとガスパールのキーケース(くたびれているのはリサでもガスパールでもなくキーケースである)から鍵を出し、ロッカーを開けると、そこはワルシャワ蜂起後のワルシャワ市内の一歩手前くらいに荒れていた。白衣は片側の肩(かたがわのかた、おもしろい響きである)がハンガーからずり落ち、運動靴を入れていたビニール袋の端は扉に挟まりヨレヨレになり、ラインマーカーだらけのプリントが...

カレンダー

  カレンダーを買っていない。  わたしがアホ面をしている間に2016年は早くもその4分の1を終えようとしており、キラキラの新年度も目前に迫っている。もちろんわたしとてこの3ヶ月近くをずっとアホ面をして過ごしていたわけではなく、女子大生らしく夕ご飯をスターバックスで済ませてみたり、大学の同期カップルの破局話を耳にしたり、大学でカップルが熱い抱擁を交わしているのを横目で見てみたり、スターバックスに疲れて学食でラーメンを啜ったり、朝から晩まで図書館で勉強をして過ごしたり、謎の哲学のおじさんに話しかけられたり、教授からのメールに怯えまくったり絶望しまくったり、70年前に死んだ海外の詩人に恋をしてみたりといろいろしながら過ごしていたわけである。しかしその間じゅう本当にアホ面をしていなかったかと聞かれるとこれも自信がなく、元来賢そうな顔ではないのでひょっとしたらアホ面だったのかもしれないという懸念も拭いきれない。こんな懸念に悩まされるくらいなら始終エマワトソンのお面でもつけていればよかった。まともにブログも書けやしない。人生とは大方こんなものである。  話は戻るが(別に戻らなくてもいいのだがなんとなく書き出しの文章を放って去るというのも気持ちが悪いしそういう中途半端なことは性に合わないし、何より中途半端な行いは非モテの素である。味の素は豚の成分が入っていたためムスリムに焼かれたが、非モテの素は自ら焼き切っていくくらいの気持ちでないといけないのである。)、今年のカレンダーをまだ買っていない。手帳はつい数日前に3月始まりのものを買った。しかし壁に掛けるカレンダーがまだなのだ。ミュシャのものか何か、おしゃれなカレンダーを壁につければ部屋も華やぎ予定も書き込め人生はバラ色になり、これまででは考えられなかったデートの予定なども続々と入ってくるに違いないのだが、新居の管理会社からなるべく壁に穴を開けたりしないようにと言われているのである。壁に穴を開けるなというのは実はなかなか厳しい注文で、時計を掛けることもできない。恋人の写真を画鋲で留めることもできないし、恋敵のための藁人形を壁に打ち付けることもできない。  仮に壁に穴を開けたらどうなるのか。目には目をの精神で足の甲に穴でも開けられるのか、はたまた味の素のように焼かれるのか、次の物件の人柱にでもされ...

まつげ

  目にまつげが入っているんじゃないか。  そう感じ出したのは、実習が始まって1時間くらい経った頃だった。短く見積もってもあと4時間半はかかる実習、しかもほとんど休憩時間はとれない。手には実験用の手袋をつけ薬品まみれ、到底自分の目をいじったり鏡を見られる状況ではない。  疑惑が確信に変わったのはそれからさらに30分ほど経った頃である。ヤバイ。目がゴロゴロする。すごい違和感、でもなんか親しみがある。そう、わたしはよくまつげを眼球にダイブさせるタイプの人間なのだ。ダイブとタイプで韻を踏んでいることにお気づきだろうか。  そこから人知れずわたしとまつげ in the eye の闘いの火蓋が切って落とされた。泳ぐまつげ、痛む眼球、そんな眼球のことなどお構いなしに自分勝手に痛む腰と背中、どんな状況でも無慈悲に鼻をつく薬品臭……周囲には、目にまつげなんて入っているのはダサイじゃないですか、わたしの目にはまつげなど1本も入っていませんよという顔をしてむやみにヤクルトを絶賛する話をしながら、 南北戦争さながらの過酷な闘いに耐えていた。乳酸菌はわたしを助けてはくれなかったが、班員の男の子に乳酸菌マスターの称号をいただいた。  あと30分で帰れる。実習室は18:30には閉めなければならない。あと30分、30分だけ我慢すればよいのだ。ようやく戦争終結の希望が見え始めた18:00、わたしは喜びに震えていた。    18:20。あと10分だ。もうじき実習終了の号令がかかるだろう。  そんなわたしの希望は、班員の「先生、せめて19:00まで延長してください」という懇願の声、それに続く教員の「いいっすよ」の言葉であっけなく打ち砕かれた。あのとき「いいっすよ」といった教員の声、その冷酷な響きは生涯忘れることができない。なんでそんなに口調が軽いんだ。わたしは考えることをやめた。  そのあとの数十分、わたしの目がどうなっていたのかは覚えていない。絶望のあまり、かわいそうな目は感覚を失ってしまっていた。  終業後、完全に身も心もクタクタになって家に帰ってから、すぐに鏡で確認した。  まつげは入っていなかった。     なんだか目がゴロゴロする。

健康によい文章

ブログ始めました。 今までにインターネットをしていて何度も見てきた表現だ。その度にわたしはそのブログの筆者を体育館裏に呼び出し、殴りつけたい衝動に駆られた。何がブログ始めました、だ。大体貴様は誰だ。貴様がブログを始めようが大学のレポートを提出し忘れようがラーメンを食べに行こうがそんなことはわたしを含めた世界の大半の人間にとってどうでもいいんだ。知ったこっちゃないんだ。そんなまるで益のないどうでもいいことをいちいちインターネットに書き込むんじゃない。そしてこれはまさに正論、宇宙の真理と言える。小学生が、中学生が、高校生が、総理大臣が、外務大臣が、大学教授が、医者が、公務員が、テルミン奏者が、エステティシャンが、ひよこ鑑定士が、映画スターが、右翼が、左翼が、ヤクザが、カタギが、老若男女が納得するまっとう極まりない主張である。 そのわたしがなんとまあブログを始めてしまった。しかもはてなブログである。ブログ運営サービスを利用させていただいているくせに、はてなブログについては何も知らない。大方、「はて、なんでわたしは始めてしまったのかしら、ブログを」か何かの略なのだろう。きっとそうだ。 さて、そのなんでブログを始めてしまったのかについて書こうと思う。そんなこと誰も知りたくは ないのだから書かなくてもよいのかもしれないが、物事を起こす時はその理由を明確にすることが吉なのである。物事には理由がある。がん保険には色々な種類がある。わたしはそう教えられて育った。なんの前触れもなくいきなり頬を叩かれたら、納得できず心底腹が立つだろう。しかし「お前がおれの口頭試問をいつも不合格にするから叩くんだ」と言われてから叩かれたら、ああなるほどな、だから叩かれるのかと納得できるだろう。だからブログを始めた理由を書く。そうすればこれを読んだ人は、ああなるほどな、だからコイツはブログなんぞ始めたのかと理解し、続きを読まずにパソコンなりスマホなりの電源を落とすことができる。 前置きが長くなってしまったが、ブログを始めたのは、昨日拝見したツイッターのフォロワーさんがお書きなすったブログが大変に、それはそれはもう非常におもしろく、ぜひ読者になりたいと思ったからである。まさにウィットに富んでいて軽快なリズムに満ちたエンターテインメント性のある文章(この表現はそのブログからの抜粋です)だった。これからもこの文章...